Hasta la vista Blog

今年の3.11

3月11日、日曜日。

言わずと知れた7年前に東日本大震災が起こった日。

今年は日曜日だったこともあったので3月11日、初めて東北に行ってみました。

当日の昼頃、レンタカーで名取市の閖上に到着。
あちこちに土地の嵩上げ工事や道路の工事が行われており、新しい建物もできていました。

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そして「閖上の記憶」の近くにできていたゆりあげ港朝市。
日曜、祝日に開催されているとのこと。
たくさんのお店や飲食店がありました。

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お昼だったので、そのうちの一軒でお昼ご飯。
新鮮餃子王さん。

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ラーメン。
ごちそうさまでした。

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そして「閖上の記憶」へ。
丹野さんたち閖上中学校の遺族会の皆さんが開催される「追悼の集い」に参加します。

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天国にいる子供たちから見えるように、一年中鯉のぼりが泳いでいます。

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そして亡くなった子供たちのご遺族の方々からのご挨拶。

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地震の起こった午後2時46分にメッセージを書いたバルーンを空に飛ばします。

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マスコミも。

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バルーンを飛ばせた後は、献花の時間。

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映画「ふしぎな石」に出演していた、ひなちゃん、いちかちゃん。
震災時は小学校1年生、映画出演時は4年生、今は中学生。

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慰霊祭や追悼の集いが行われていたのは「閖上の記憶」だけではありません。
すぐ近くでも記念碑や慰霊碑がが建てられ、それぞれの形で献花や追悼が行われていました。

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ゆりあげ港朝市は午後1時まで。
すっかり閉まっていました。

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「閖上の記憶」から見て一番奥にあるメイプル館。
カナダ政府からカナダ産の木材の寄贈のお話があったとのことで、立派な建物ができていました。

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「閖上の記憶」は現在の場所が土地の嵩上げのために移動しなければならず、4月末にはこのメイプル館の隣に移ることになっています。
そして閖上中学校遺族会が開催する、この追悼の集いは今年が最後です。
来年からは「閖上の記憶」が主催することになるそうです。
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  1. 2018/03/12(月) 22:04:06|
  2. 協力隊 交流
  3. | コメント:2

仙台へ。

3月10日、土曜日。
仕事を臨時休業とし、向かったのは仙台。

今回の目的は翌日3月11日の閖上の記憶での慰霊祭。
今年はこの日が日曜日だということで、自営業の強み、無理やり臨時休業にして参加してみることにしました。

晴天の出雲空港を出発。
まもなく眼下には綺麗に大根島、弓ヶ浜、美保関辺りが見えました。

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雲が多めだったけど期待通り富士山も頭を雲から覗かせてくれていました。

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羽田から東京駅へ。
新幹線はやぶさに乗り換えです。
いつ見てもカッコいい!

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ちょうどお昼発、本日の駅弁は牛肉弁当♪
当然ビアプリーズ♪

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仙台駅到着。
東京駅から1時間半と10分。
約一万円。
来月から出雲仙台便が就航すれば、出雲から仙台まで2時間、一万円で行ける可能性大に!
これは嬉しい♪

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ホテルにチェックインするとほぼ同時に、気仙沼のおいちゃんが来てくれました。
来年、成人式を迎える娘さんの着物の着付けなどの打ち合わせのために、仙台に来る予定があったのでした。

夕方までの間、車で仙台市内を案内してくれました。

まず行ったのは、嫁さんの小学校(笑)。
5年生、6年生を過ごした校舎を懐かしく見た後、国宝大崎八幡宮へ。

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でかくはないけど、彫刻や色合いがすごいです。

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次に超定番、青葉山城址の伊達政宗公の銅像。
真正面は逆光だったので、横から(笑)。

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そして瑞鳳殿。

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伊達政宗公の霊廟です。

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そして日も暮れたので、おいちゃんにホテルまで送ってもらいました。
去年は福島に行って、おいちゃんに会えなかったけど、今回会えて良かった!
Facebookにアップしたらすぐに協力隊OBたちが反応してた(笑)。

そして夜の部は、これまた数年ぶりに会う、仙台のハーレー乗り、しげさんと!
さすが全国にハーレー乗りの繋がりを持つバイクブログです(笑)。

乾杯!

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つきだし。

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ツブ貝とホッキ貝。

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三角油揚げ。

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メヒカリの唐揚げ。

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クジラの刺身。

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セリ鍋。

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いやいやいや、なかなか出雲では食べることのできない地元の食材の数々。
たいへん美味しくいただきました♪

そしてしげさん行きつけの(?)バー。
お久しぶりですって言われてました(笑)。

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おいちゃんから聞く震災の話、しげさんから聞く震災の話。
震災は人それぞれだと改めて感じました。
当たり前だけど、受けた被害がそれぞれ物的被害、人的被害、心的被害、全然違います。

明日は閖上の記憶です。
  1. 2018/03/10(土) 23:24:49|
  2. 協力隊 交流
  3. | コメント:0

閖上の記憶、次に向けて。

閖上の記憶,
クラウドファンディングの目標金額250万円を本日、3月9日に達成されました。

さすがにテレビの影響はでかいですねー。
NHKの朝一に丹野さんが出演されて閖上地区のお話をされたところ、みるみる支援が集ったとのこと。
第一目標金額250万円達成!

「閖上の記憶」移転にかかる費用は500万円。

本日より、第二ステージとしてネクストゴール500万円を目指しておられます。

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Readyforの「津波復興祈念資料館・閖上の記憶」恒久的施設へ!」

頑張れ~!!

  1. 2018/03/09(金) 17:01:48|
  2. 協力隊 交流
  3. | コメント:0

国際交流祭り。

3月4日、日曜日。
午前中は仕事。

晴天!ぽかぽかバイク日より!

仕事を終えてお昼ご飯に向かう。
焼肉有原苑 桃源内店さん。

言わずと知れた美味しい焼肉ランチはいつも人がいっぱいで、この日もちょっと待ってから入店しました。
上カルビを100円アップで上ハラミに代えてもらって、バイク日和なのに思わず生ビール!!
嗚呼、ダメ人間健在なりw!

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肉を焼き始めるやいなや、奥から大将がやってきていきなり「ボ○×△ア!」。
何を言ってるんだこの人は・・・。
もう一度耳を傾けると「ボンジーア!」。

はっはー、フランス語のボンジュールか?
あ、違う、そうか、ポルトガル語の「ボンジーアか」。

大将は僕が無反応なのを見てがっかりしている様子(笑)。

私:「ポルトガル語のおはようって言ってるの?」と聞くと、まー、嬉しそうに微笑む。
大将:「○○さん(僕の名字)ならすぐ通じると思ったのに!スペイン語とそっくりって聞いてたから。」と。
私:「はいはい、書くと似てるけどね、スペイン語だとブエノスディーアスって言うのよ。」
大将:「えっ!?全然違うじゃないですか!」
私:「ははは、そうなんよ~。」

と、始まったたわいのない会話。
聞いてみると大将はポルトガル語に嵌まり、一生懸命勉強中でこれがまた面白くて仕方ないらしい。
アンリとかスーパーに行ってブラジル人を見つけると片っ端から話しかけてるとのこと。
Facebookでもどんどん友達を増やしているとのこと。

大将:「出雲には今3000人ものブラジル人がいるんですよね、それが出雲市の計画では今年か来年には6000人に増やす予定ですよ。」
大将:「こりゃ、ポルトガル語ができるようにならんと、困るでしょう!」
大将:「店に来てもらっても言葉が通じなきゃ困るし、ブラジル人と一緒にバイクで走りたいし。」
大将:「恥をかくのを怖がってちゃ、いつまで経ってもしゃべれるようにはならんですよね。」

う~ん、この大将、語学の上達法を知っている!

なんか、刺激をいただきました。

ポルトガル語、ミャンマー語、頑張ろう(笑)。

その時、大将が「あれ、今日は国際交流祭りですよ、行かないんですか?3時までですよ。」と。
あら~、すっかり忘れてた、すでに2時過ぎじゃん。

ま、それでも一応行ってみましょう!

出雲国際交流プラザに到着。
あと、20分くらいで終了(笑)。

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中に入って驚きました。
すごい人!
ちょうどラストのビンゴゲームをやってたので、みんなが集ってたのもあるけれど、まー、大盛況だったようです。

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協力隊OBの人や交流関係の知人にも会ってお話もできました。

バイクには乗り損ねたけど、それなりに収穫のあった一日でした♪

  1. 2018/03/06(火) 17:11:23|
  2. 協力隊 交流
  3. | コメント:0

閖上(ゆりあげ)の記憶、クラウドファンディングと3.11。

2011年3月11日、東日本大震災の日です。
宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区に、プレハブ建ての「閖上の記憶」という小さな施設があります。

以下、「閖上の記憶」HPからの抜粋です。

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2011年3月11日の東日本大震災によって壊滅的な被害を受けた宮城県名取市閖上地区。
かつて約5000人が住んでいた街は更地になってしまいました。
閖上中学校では14名の生徒が津波の犠牲となりました。
震災から1年経った2012年3月11日に閖上中学校遺族会は閖上中学校敷地内に慰霊碑を建立しました。
しかし、慰霊碑の周りは水が出るところもなく、献花や千羽鶴も野ざらしの状態でした。
そこで2012年4月22日、当団体、地球のステージは、日本国際民間協力会(NICCO)と協力をして、
慰霊碑近くの更地に「閖上の記憶」を建てました。
慰霊碑を守る社務所として、閖上の方たちが立ち寄れる場所として、
そして震災を伝える場所として、地元の方たちを中心に、閖上の記憶は発展してきました。
国内外からの来所者増加に伴い、シアタールームも増設し、
2013年8月11日は増築記念式典も執り行いました。
慰霊碑を守りながら、地元で被災された方々が語り部や案内人として、
震災やいのちの大切さを伝える取り組みに特に力を入れています。
今回の震災でたくさんの方が亡くなり、痛切に知らしめられた「いのちの大切さ」。
特に次世代を担う子どもたちへの震災学習を積極的に行っています。
加えて被災地で深刻化している心の問題。閖上の記憶は語ることで心の整理が進められるように、
今後も被災された方たちへの語る機会や場所の提供も積極的に行っていきます。

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この「閖上の記憶」は亡くなった方々の慰霊地でもあり、大切なご家族を亡くした方々の心を癒やす場所でもあり、そして傷を乗り越えつつも震災のことを人々に伝えるための語りの地でもあるのです。
全国各地から一般の人たちももちろんですが、中高生の修学旅行生たちも大勢訪れます。

そんな「閖上の記憶」の運営には多額の費用が必要で、人々からの寄付や公的な助成金から成り立っていました。
しかし震災から7年が過ぎ、その助成金が打ち切られました。

震災の跡地に建つ「閖上の記憶」、元々閖上中学校前に建っていましたが、中学校校舎の取り壊しによる移動、さらに閖上地区の土地のかさ上げなどに伴い、恒久的な建物は作ることができず、プレハブはレンタルでの運営でした。

そのレンタル費などが多額であり、今回の助成金打ち切りを受けてプレハブを買い取ることで恒久的な建物として運営費用を抑えて何とか運営を続けようとしています。

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しかし、その額は500万円に上るそうで、このような団体にとっては莫大であり、とうてい賄えるものではありません。
多くの理解者、応援者より寄付も集ってはいると思いますが、こんかいクラウドファンディングにより募金を集めることになりました。

Readyforの「津波復興祈念資料館・閖上の記憶」恒久的施設へ!」がそれです。

2月20日現在、まずは目標額として定めた250万円に対して166万1千円、66%が集っています。
All or nothing形式での募金ですので期限内に目標額に到達しなかった時点で募金は0円となります。

頑張って欲しいと思います♪

そして、今年も3月11日、東北各地、いや日本各地でさまざまな形での慰霊が行なわれることでしょう。
閖上でも毎年続いている追悼のつどいが開催されるそうです。

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地球のステージでも取り上げられるこのつどい。
遺族の方々が空に飛ばされる鳩のバルーン。

そのバルーンに書かれている言葉、以前は「○○ちゃん、お母さんだけが生き残ってごめんね。」、「○○くん、私が代わってあげたかった。」というような書込みが多く見られました。
当然の気持ちだと思います。

しかし、時が経つにつれ、「○○ちゃん、生まれてきてくれてありがとう!」、「○○くん、元気?お母さんは元気にしてるよー!」というように変化してきていました。

今年はどんな言葉が見られるのでしょう。
3月11日、今年は閖上に行ってみようと思います。


  1. 2018/02/20(火) 10:45:45|
  2. 協力隊 交流
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1961年生 ♂
出雲地方に生息中
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