Hasta la vista Blog

映画 夫婦50割引!

今日の午前中は健康診断に行き、鼻から内視鏡検査してもらいました。
去年言われたバレット食道は治っておらず、そのままでした…。

昼はショッピングセンター内の回る寿司。

そのまま久しぶりに映画鑑賞♪

渾身。



隠岐の島が舞台だし、かなり評判がいいので決定。
面白かったです。
隠岐、行きて~♪ww
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  1. 2013/01/28(月) 16:48:39|
  2. ファミリー
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行動力

最近、facebookがメインになってて、ブログのほうを見る人がたぶんめっきり減っていると思われます。
めんどくさいのでカウンターとか付けてないんで閲覧数とかは全然わかりませんが・・。

でも、そんな中で貴重なブロ友である出雲のひろさん(よく書き込んでくれますし、ご自分のURLをきちんとリンクされています)に僕のパラグアイの記事を見て行動力があると褒めていただきました・・、たぶん・・、怒られてはないと思う・・。

時々そういうことを言われるんですが、何しろ協力隊のOBたちと付き合ってると南米へ行くなんて全然普通なので特に自分に特別行動力があるとは思えません。
誤解があってはいけないのですが、パラグアイの記事を長々と書いたのは、南米に行ったことが凄いとか言いたいのではなくて、当時の家族に会えたことが何より嬉しかったから、そしてパラグアイの協力隊OBたちに写真を見てもらいたかったからです。

でも、ひろさんに言われて嬉しいのは事実です(笑)。

まあ、遅くとも4,5年のうちにはうちの嫁さんを連れてもう一度村へ行くつもりなので、その時までに体力をキープ、もしくはより若々しく、そして二人分のビジネスクラスの旅費を貯金しておかなければなりません。
・・・・、ああ、そんな行動力はなさそうです・・。

でも、頑張るどー!と思っていた昨日、嫁さんが「ちょっと本屋さんに付き合って!」と。
「はい、行きましょう。」って、HERAさんでお好み焼きを食べた後、近くの本屋さんへ行きました。

嫁さんはまっすぐに語学コーナーへ向かい、「どれがいいと思う?」って、僕に選ばせてスペイン語会話の本をお買い上げになりました。

やる気みたいです・・。
本当に一緒にパラグアイの村に行く気みたいです・・。
その時、村の家族との会話に加われないのが悔しいらしく、自分も少しはスペイン語ができるようになっておくつもりのようです・・。
これぞ、行動力なのです!



実は20数年前、僕がパラグアイから帰国する時、まだ結婚前の彼女をパラグアイに呼びました。
意外とお嬢様育ちの彼女の初めての海外旅行が一人でパラグアイ!
アメリカ、ブラジルで飛行機に乗り換え、何とかパラグアイに到着。
当時はネットもなかったので、ほとんど何の情報もなく、旅行会社で一人分の格安航空券を購入し、地球の歩き方にもパラグアイなんてほぼ載ってなかったのに、まあ、よく一人で来たわ(笑)。

数日後、チリのサンチャゴで緊張が解けたためか胃痙攣をおこして寝込んでしまいましたが(笑)。

会社員だったため、土日を出勤して代休を貯め、有給休暇と年末年始休暇を使って1ヶ月も休んだ。
まあ、上司の理解も特別だったかもしれないけれど、そういう時代でもあったってことでしょう。

よくキャンプとか誘うと「残念だけどその日は仕事なので行けない。」と言われることがあります。
僕も昔はそう言ってました。
でも今は違います。
僕は「残念だけどその日は仕事なので行かない。」と言ってます。

「行けない」と「行かない」、似ているようで全然違います。

「お金がないから行けない」も、僕は本当に行きたければお金借りて行きます。
だって、車買うときみんなローンでしょ。
「今はお金がないから行かない」は、ありです。

昔の僕のように「〇〇なので行けない。」と言ってる人は「〇〇なので行かない。」に言い換えないと、ずっと「行けない」人のままだと思いますよ♪♪

と、見ている人が少ないもんだから、偉そうに余計なことを書いてしまいました、ケケケッ(笑)。
  1. 2013/01/26(土) 17:16:32|
  2. 協力隊 交流
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出雲お昼ご飯♪

いやー、なんか南米ボケのため正統派バイクブログに復帰できない今日この頃です。
バイクブログに復帰するための時間稼ぎとして以前から利用しているなんちゃってグルメブログ。
久しぶりに出雲のお昼ご飯、行きます♪

一昨日、職場を訪ねて来てくれた友人と一緒に上海ドラゴンさんのドラゴンヌードル1辛。
ただいま(って、もうかなりの間だけど…)ドラゴン祭り開催中!
半熟玉子と、チャーシューか小ライスが付くぜ!

ネギかニラを選ぶんだけど、ニラが美味しい。
このラーメンは好き嫌いがかなり分かれると思うけど、僕は美味しなんですよ…。



昨日は大好きな喜久さんへ。
出雲では言わずと知れた名古屋コーチンの店。
名古屋コーチンをたっぷり使った喜久丼という親子丼と、名古屋コーチンのトロトロ卵のオムライスがランチのメニューなんだけど、最近照焼き丼と鍋焼きうどんが加わった!

読めさんが照焼き丼、僕が鍋焼きうどん。
名古屋コーチンと昆布の出汁に海苔の香り、長芋のトロトロ、シイタケに卵、ああ、美味し!



そして今日は広島鉄板焼きHERAさんへ。
HERA焼そばなし。
美味し!
大将(マスター)とも久し振りにお話ができてよかった♪



また行きま〜す♪
  1. 2013/01/25(金) 23:24:07|
  2. 美味しいもの
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久々のキング軒♪



車検の終わった車を受け取りに広島へ行ってきました。
バスに乗ってバスセンターに着いたのが13時半。
歩いてキング軒へ♪
2辛の汁なし担々麺♪♪  
卓上の本日挽きたての山椒をたっくさんかけていただきました。
やっぱり美味い!
家族用&自分用にお持ち帰りも♪
冷蔵庫で一週間大丈夫だそうです。
  1. 2013/01/21(月) 18:49:21|
  2. 美味しいもの
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そして無事に帰国

今回のパラグアイ最後の朝はすっかり晴れたいい天気!
今年も晴れ男間違いなしだな。



再びMさんに空港まで送ってもらい、再会を誓ってお別れ。
ここを見てはおられないけど心から感謝しております。
本当にありがとうございました。

さ、あとはきた時の逆にひたすら帰るだけ。































必ずまた行く、パラグアイの家族に会いに。
嫁さんも連れていかなきゃならんようだし…。
次は必死にお金貯めてイグアスの滝やペルーにも行ってみよう。
できたら一ヶ月くらい職場を閉めちゃお♪

あの村に赴任したのは僕が初代。
続いてAtsushi、Takeshi、Mizu(?)と4代続いたそうだ。
が、その後は村に隊員はいなくなった。

今回の訪問中、村のあちらこちらで当時を知ってる人たちから「どうして日本人はもう来てくれないんだ? また来てくれるといいのに…。」という声を何度も聞いた。
そして多くの人たちが指を折って「最初はShu〜go〜、その次にAtsu〜shi〜、そしてTake〜shi〜、Mi〜zu〜」と僕らの名前を覚えててくれた。
しかし、残念ながら僕がこの村でやろうとしていたことは結果的には広がりを見せていなかった。
でもまあ、いいや、4代でこの村に日本人を印象づけることだけはできたみたいだ(笑)。
わずか3日の滞在にあんなに喜んでくれたんだから♪

いやー、長らくお付き合いありがとうございました。
明日からまたグルメバイクブログに戻ろう♪

では、Hasta la vista!
  1. 2013/01/19(土) 14:05:12|
  2. 協力隊 交流
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帰国〜 2

おかげさまでベッドでぐっすり眠った。
朝は雨の音で目覚める。



またしても、至れり尽くせりの朝食の後、あまりにオビエドの変貌に驚いていた僕をMさんは昔と変わってないはずのメルカード(市場)に連れてってくれた。
ここ見てる隊員OBさんたちには懐かしい写真が続くよ!























そして首都アスンシオンへ。













夜は昔お世話になった日本人移住者のナカノさんと24年ぶりに会ってお家に招待され、ナカノさん、Mさん(左)と今回のパラグアイ最後の楽しい夜を過ごした♪
ナカノさんは当時の面影そのまま!



ホテルまで送ってもらい、ホテルのベッドでぐっすり♪
  1. 2013/01/19(土) 13:53:53|
  2. 協力隊 交流
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帰国〜 1

悪路を避けて遠回りしてきたが、この道は当時YAMAHA DT100 でどれだけ通ったことか…。



コロネル・オビエドは変わりすぎててまったく当時の面影はなかった。











郊外の農業高校。
ここにも隊員がいた。







ブラス・ガライ。
パラグアイ初のチーム派遣で隊員が数人活動してた。
僕の村と同様のど田舎だったが、町の中央を走る道路は舗装されていた。
だけど、同様に一歩外れると当時のままの赤い土。
今や首都に野菜を出荷しているほどの野菜の産地となっており、その野菜栽培を伝えたのが隊員たちだった。
地元の人に聞いた時には感動した。















今夜はMさんのうちにお世話になる。
妻子を日本に残して単身赴任するMさんは一人住まい。
湯船つきの風呂を借りてる間に、ビールから食事まで全部準備してもらってた。





Mさん、実はかなりのバイク好きだった(笑)!
広島の人だし、帰国されて広島に落ち着かれたらハーレーに乗るそうだ!







一つしかないベッドを僕に使わせてくれ、ご自分はソファーで寝る。
うーん、ありがた過ぎ!
本当に感謝してもしきれない。
  1. 2013/01/18(金) 19:38:39|
  2. 協力隊 交流
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パラグアイへ 12

家に帰る。
村で家族と最後のお昼ごはんを食べよう。

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隣の家には首都から帰省してきた娘がいた。
当時、0歳!
現在、24歳!
当時いて欲しかった(笑)。
0歳児だった時の写真があったので、見せたら恥ずかしがっていた。



そして家に入ると、何と送別会の準備とケーキまで作ってあった!
Arigato Shugoって書いてあるし(涙)。
いつの間に…。



ワインとかシャンパンまで準備され…。



しばし、撮影会…。









大騒ぎの撮影会、入れ替わり立ち替わり、カメラや携帯も何台も出てきて(笑)。

しかし、村を去る時間が次第に近づいてることを知ってても家族も僕も口にできなかった。







そしてお食事タイム。



しばし、歓談。











お食事歓談タイムが終わると、みんなと一通り挨拶を交わし午後3時まで荷造り等で時間を費やすことに。
みんなもそれぞれのうちへ帰り、来れる人だけが3時に見送りに来ることになった。

しかし、Mさんがやって来たのは予定より30分早い2時半。
慌ただしい別れとなった。

最後の最後にお母さんは「ファウスト(お父さん)が生きててくれたらどんなに喜んだか!」って、僕を抱きしめながら泣き崩れた。
「ありがとう、私の息子よ。」と、何度も言ってくれた。
多分、年齢的にもうこれが最後だと思ってるんだろうな…。

思わず、「必ずまた来る! また来るから、待ってて。 ¡Hasta la vista!」と、言っちまったぜ…!
ニポンジン、ウソツカナイ…



動き始める車の窓越しに振り返ると、お母さんはぐったりと椅子に腰掛けていた。
また行くぞ!
待ってろ、パラグアイ!
Hasta la vista!
  1. 2013/01/17(木) 16:05:43|
  2. 協力隊 交流
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パラグアイへ 11

パラグアイ5日目、村で3日目の朝。
あっという間の滞在だけど、今日は村を去らなければならない。

食卓には、すでにコーヒーが用意されていた…。
砂糖を入れないでっていう前にすでにたっぷり投入済み、しかも隣には追加用の砂糖まで置いてある…。



隣の家の子、ギターを習ってるといって披露してくれた。



馬に乗ってる子は昔ながらの風景。



午前中、昨日とは違う方向へ歩いてみた。
どうしても会いたい昔のガールフレンドが2人いる。
今も元気で家庭を持ってるそうだ。
フーリアと隣の家の子に道案内してもらう。

しかし、歩き始めてすぐに昔を覚えてるオヤジたちに捕まる…。
テレレでもてなされる。



さらに向こうから懐かしい顔が歩いてきた。
下は当時の写真。
いつもいろんなところで下働きみたいなことや、何かの手伝いばかりしていた人。



すっかり髪の毛はなくなってたが、まだ元気だった。



そしてさらに向こうからバイクがやって来て…
写真の一番左に写ってるむちゃくちゃカッコ良かった彼。
すらっとしてて甘いマスクで女の子たちにモテモテだった。



で、今はこうなってた…。
恐るべし、20数年!



どうしても会いたかったガールフレンド、ロリ。
当時15歳(15歳から成人です)。



現在、子供もたくさんいるらしい。



そして一番会いたかったビキ。
やっぱり15歳。



現在。
当時の面影そのままだった。
子供もたくさんいる。



で、旦那が先ほどの奴。



村の中心部からほんのちょっと外れると、昔のままの景色が広がっていた。
それでも雨が降るとぬかるんで車が通れない土の道には、少しずつ石が敷き詰められ始めている。
村全部に行き渡るにはまだまだ何十年もかかりそうだけど。













ビキのお母さんも身体はだいぶん不自由みたいだったが、まだ元気だった。
1時間近くをビキの家で過ごし、うちに帰ろう。
今回最後の昼食になる。
Mさんから、15時に迎えに行くと連絡があった。
  1. 2013/01/17(木) 08:07:11|
  2. 協力隊 交流
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パラグアイへ 10

卑猥なじいさんを置いといて、さらに先へ進んでみる。

しかし、村の中心地は舗装が進み、嘘のようにきれいになった。



どこか別の町に来たみたいでぜんぜんピンとこない・・。



下の写真は当時の学校。
小学校から高校くらいまでが一緒になってたと思うが、通える子供は限られてた。
パラグアイ全体の識字率も低く、就学率もかなり低かった。



で、これが今の学校。
フーリアのfacebookページを見ると、制服を着た子供たちがたくさんいて当時とは全然違ってた。



当時の僕の職場。
農水省みたいなところの出先機関で、パラグアイ人の同僚が一人だけいた。



今は何になってるのか分からないが、無人だった。



放し飼いの犬がたくさんいるので、こんな光景は昔も今も珍しくない。















1時間ほど歩いて、家の前の公園を通り、うちに帰る。


[パラグアイへ 10]の続きを読む
  1. 2013/01/16(水) 17:04:53|
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パラグアイへ 9

パラグアイ4日目、村での2日目の朝はなかなか素敵な目覚めでした♪

部屋のすぐ外では体内時計が狂ってるとしか思えない雄鶏が真夜中から叫び続け…。

さらには隣の家のマンゴーの大木からトイレのトタン屋根にマンゴーの実が何個も落ち続け、これが半端じゃない音を鳴らし続けてた(笑)。



レンガ張りの地面に落ちるマンゴーだって結構な音がする。
朝、部屋から出てみたらマンゴーがゴロゴロと…。
繊維質だらけで食べるところがほとんど無い。



家の外に出て見る。
20数℃とけっこう涼しい朝だった。
所々で小雨が降ってる。



フーリアとこれまた昔懐かしい女性の2ショット。
けっこうみなさんお太りになられているんだけど、こうした国では太れるということは、食べるものがあるということ、つまりはある程度お金があるから太っていられるということ。
この村でも中心地から外れれば外れるほど痩せた人が多くなる。



今朝はマテ茶。
見た目は昨日のテレレとまったく同じだし、茶葉も同じもの。
しかし、注ぐのは冷たい水ではなく熱いお湯。

涼しい朝や寒い日には熱いマテ茶、暑い日には冷たいテレレ。

マテ茶、慣れないうちはストローから熱湯が口に入ってくるから火傷は必須(笑)。
慣れると上手に空気と一緒に吸えるようになる♪♪



「シューゴ、i-pad貸して!」と、またまた隣の家のお母さんも交えて当時の写真を見ながら、あーだこーだと。



彼の視線の先には…



馬に乗ってる人が。
以前はうちの前は馬、牛車、ロバなどに乗った人が大勢通っていた。
今回、村の中心地ではそれらをほとんど見なかった。
その代わり、大量のオートバイが道を占めていた。



ヒヨコを連れた鶏たちは相変わらずだった。
猫も放し飼いなのに…。



朝食は軽くパンとコーヒー。
煎ったマテ茶葉を煮出したコシードという飲み物かコーヒーかと聞かれて、コシードにはむっちゃくちゃ砂糖を入れて出されてたのを思い出し、ここはコーヒーをブラックで♪♪

が…、確かに色はブラックなんだけど、飽和状態じゃないのか!っていうくらい砂糖がたっぷり入ってた(笑)。
飲んだよ、全部。
もう一日分の炭水化物はゲットだな。



炭水化物を消費するために、うちの周りを中心に村の中央を歩いてみる。
まず、近所のお店を覗いてみた。
最初は警戒していた子供たちもちょっとの間になついてくる。
後ろのご主人は20数年前をよく覚えていた。



真夏なのに雨のせいで涼しくて気持ちいい。
空は南米らしいきれいな晴れ間が出てきた。



隣の家では生まれたばかりの子犬を見せられた。
かわいいねーと言うとこの笑顔。



おかしな友達が作ってくれた「待ってろ パラグアイ」Tシャツ。



この人たちに受けてた。



材木を切り出して運んでいくトラック。
ベンツか?



肉屋のおやじ。



牛肉。
キロ単位で買う。
腐らないのか・・。
以前はこの店はなかった。



このじいさんは20数年ぶり。
当時、ガラニー語で卑猥な単語を連発し、真似してやると死ぬほど笑ってた。
覚えてたらしく、今回も連発してた(笑)。

  1. 2013/01/16(水) 16:38:20|
  2. 協力隊 交流
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広島~!

パラグアイのお話はちょいと休憩して…。
先日の日曜日、午前中の仕事を終えてから車検のため、車を持って広島に行きました。
一泊でございます。
せっかくなので、美味しいものを食べたいわけです。
何処へ行こうか…。

以前から行きたかったのが、女性ハーレー乗りさんの経営されるインド料理屋さんKamal Cafe。
美人オーナーのKayoさんとは昨年のヒバゴンMTGでチラッとお会いした。
けど、一人で行くほど親しくないし…。

そんな夜は暇を持て余しているであろうもってこいのオヤジが広島にいます。

チーム空犬!
空犬氏と愉快な仲間たちと一緒に4人で伺うことになりました♪
あらかじめKayoさんにはオヤジ4人で行ってもいいよと許可をとってあります(笑)。

そして無事にかんぱ〜い!



いろいろ頼んでみました♪
美味し!



早々に壊れかけのボスとロードキャプテン雪丸氏。
筋肉もりもりカネゴン氏。
まったく気取りのないオーナーKayoさん。
写真を撮ってくれたのは可愛らしい女性スタッフyuriちゃんだったぞ!



ほうれん草のカレーとふんわり甘いナンは絶品でした♪
次はいろいろな種類のカレーが食べたい。



カネゴン氏に迫る筋肉トレーニングを続ける走り屋コレちゃんともお初にお目にかかりました。

美味しかったです。
次からは一人で行きます♪



すっかりできあがったオヤジ4人は紙屋町の和民に移動して再びかんぱ〜い♪



雪丸キャプテンのキャンプ場と変わらぬ姿に感動!裏表のない、いい人なんだと思いました(笑)。



そんな夜はあっという間に過ぎてしまい、さらにホテルで部屋飲みして撃沈。
二日酔い気味の朝は爽やかです…

お昼ご飯を食べてからバスで帰らなきゃいけない。
ホテルをチェックアウトして原爆ドームを見ながらのんびり歩きます。



そして、二度目となる天満の出雲そば いいづかさんへ。



本日のお昼ご飯、天ぷらそば。
美味し!



女将さんは相変わらずの素晴らしい接客をされていました。
お稲荷さんをサービスしていただいて、お土産に駄菓子の詰め合わせを頂いて♪

お店の前のマスコット、ワリゴちゃんたちは全部顔が違います。



楽しい2日間でした♪
来週、また車を引き取りに行きます♪

Hasta la vista!
  1. 2013/01/15(火) 21:58:28|
  2. バイク&美味しいもの
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パラグアイへ 8

懐かしの再会の感動から程なく「シュウゴ、お昼ご飯だよ。」とお母さん。
いつの間にかお手伝いさんらしき人もいて、昼食の準備ができていた。
というか、つい先ほど十分過ぎる量の牛肉を頂いたばかりなんですけども…。

もう一つついでに言うと、僕がいることをまったく気にしていないというか、いるのが当たり前のようにまったく普通に振る舞っててくれる。
それが妙に居心地がいい。

先ほどの肉のおかげでまだほぼ満腹だし、こりゃあ、とてもお昼ご飯は入らないだろうなぁ、と思ってると、隣のお母さんが「シュウゴ〜、ニョキを作ったから食べて〜。」と、手作りパスタのニョッキと肉がゴロゴロしてる料理を持ってきてくれた…。



パイナップルのサラダも。



そして本日のお昼ご飯、パラグアイ自宅編は米を煮た塩味ご飯とジャガイモとトウモロコシのサラダ。



そして、定番中の定番、牛肉のミラネッサ。
薄く叩いた牛肉に塩やニンニクで味をつけて油で揚げた牛カツ。

どれもこれも涙が出るほど懐かしくて美味しい♪♪

これらが全部僕のもの…。
当然、ぜーんぶ、食べた。
嘘…。



そして夕方、娘のフーリアが帰ってきた。
彼女とは時々facebookで話をしてただけあって、さほど久しぶり感がない。
恐るべし、facebook!
しかし、facebookがなければ今回のパラグアイもなかったわけだ。



そしてお隣のお母さんも混ざって再びテレレ。
一日に何度も飲む。



下の写真が当時のお父さん、お母さん、フーリア。
お父さんは残念ながら4月に亡くなった。
僕が行くのをとても喜んで楽しみにしててくれたそうなのに。



陽も暮れた頃、再び子供達がやって来た。
僕が相当珍しいらしい(笑)。

それにしても、以前はスペイン語を話せる子が圧倒的に少なかった。
今は電気もきてテレビも見られるから、この子たちの中には日本食の麺類やお寿司のことを知ってる子もいてびっくり。
当時は大人でさえ、日本人は魚を生で食べるというと、生魚をそのまま丸齧りすると思って気持ち悪がる奴もいたから。



近所のお店のご夫婦。
覚えててくれて懐かしそうに喜んでくれた。



フーリアに「何か飲む?」って聞かれたので、やはりここは懐かしのお酒、カーニャをリクエスト。
さとうきびから作られるお酒。
やや甘い。
当時のものはお世辞にも美味しいとは言えなかったが、最近は十何年もの、みたいな高級品も出ている。

これはパッケージこそ変わったがトレスレオネス(3匹のライオン)という庶民のカーニャ。
当時はお父さんと毎晩のように氷と炭酸水で割って飲んでた。
ジョッキで回し飲みしてたものだ。

どのようにして飲むかって聞かれたから、当時みたいに炭酸水で割って欲しい、と答えたらスプライトで割られた(笑)。
すごく甘い…。
フーリアはコーラで割ってたが…。
甘いものが好きなのは当時も今もおんなじだ(笑)。



i-padに入ってる写真を見る子供たち。
たまたま家族でハワイに行った時の写真の海を見て歓声をあげてた。
パラグアイには海がないからね。



足元では放し飼いのデカい犬たちがガウガウとじゃれている…。



そして本日の晩ご飯♪♪
手作りチョリソー!
昼間に部屋の天井から吊るしてあるカゴから腸らしきものが渦を巻いて垂れ下がってるな〜と思ってはいたんだけど、今出てきたか!
スパイスが効いてて美味しいけど、でかい…。



お昼の残りの料理もテーブルに並べられ…。



超満腹状態で寝ることになった。
本当にありがたいこと。



当時からは想像もできない小綺麗なベッド。
横になると背中にはスプリングがそのまま当たるようなベッドではあるけれど、カバーもシーツも綺麗だった。

到着した時には家さえ分からないほど変わってた風景。
家族やお隣さんはまったく同じだった。
お父さんはいなかったし、他にも亡くなってる人は大勢いた。
そりゃそうだ、20年以上が経ってるんだから。

しかし、覚えててくれる人がたくさんいることに感動と感謝。
こっちにしてみたら協力隊経験は一生の忘れられない経験だが、村の人にしてみたら人生のほんの一瞬、村に日本人がいたってだけのことだから。

村の一日目は終わった。
  1. 2013/01/15(火) 08:48:10|
  2. 協力隊 交流
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パラグアイへ 7

そして車はついに村に到着した。
村の中心には公園があり、四方を取り囲む道沿いに住んでいた家がある。

Mさんに、「もうここです。すぐにうちがありますから。」と言って、車をゆっくりと走らせてもらう。
車は公園の周りを一周。
おかしい、見つからない…。
そしてもう一周し始める。

何かおかしい、どこか違う。
でも間違いなくここのはず。

すると一軒のうちの前で20数年前の顔を発見した!
近所に住む大工さんご夫婦だった。
間違いない、やっぱりここだ。

車を降りて怪訝そうな顔の奥さんに近づく。
「僕を覚えてますか? 日本からやって来たShugoです。」
間髪を入れずに奥さんは「おー、シュウゴ〜!」とハグしてくれた♪
覚えててくれたんだ。
ちょっと感動!



奥さんの視線が僕の後ろへ向いた。
振り返ると一軒のうちの前でうちのお母さんが手を振っていた!
思わず走って行き、ハグ♪♪
「よく来たね、よく来たね。」をくり返すだけ。
言葉はいらなかった。

荷物を降ろして家に入れたところで、Mさんはお茶も飲まずにそのままオビエドに帰るという。
お母さんが何か食べて行くようにと勧めるが、オビエドへの道は雨で道がぬかるみ車が走れなくなるため急いで帰るという。
雨で万一バスが止まったら大変だからと、3日後には再び村に迎えに来てくれるという。
何と感謝したらいいのか…。
ゆっくりとお礼をいう間もなくMさんは帰って行かれた。

お母さんはとにかく何か食べろと言って、牛肉を叩き始めた。



下の写真は1988年のもの。
長男とその嫁さんが帰省した時に、一緒にチパというパラグアイのおやつみたいなものを作っているところ。



下が今のお母さん。
そんなに変わったようには見えない。



それにしても家が分からなかったのは、公園や家の風景が変わったからだった。
下の写真は1988年から1989年くらいのもの。



そしてこちらが今の公園。
公園自体が拡げられ木も増え、その分道が狭くなってた。



当時の家の正面。



下が今の家。
こりゃ、分かるはずがない…。
だいたい隠れてるし。



「シュウゴ、食べなさい。」と出されたのは、脂肪の無い硬い牛肉を叩いて柔らかくしたものに塩して焼いただけのもの。
ただそれだけのものなんだけど、超美味し!
むちゃくちゃ美味しい。
懐かしすぎて涙が出る。



家の正面に立って右手を見た当時の写真。



これが同じ位置で撮った今の写真。



家の前から真正面を撮った当時の写真。



こちらが今のもの。
正面の空き地は公園に吸収された。



やがて隣のうちの産婆さんだったお母さんがお孫さんたちを連れてやって来た。
この人にもいろいろと助けられたなぁ…。



しばし、みんなでテレレを飲む。
牛の角をくり抜いて作った容器にマテ茶の葉っぱを入れ、先が茶漉しになってる金属製のストローを刺し直接冷たい水を入れて回し飲みするのがテレレの流儀。
ありがとう、もう結構ですと言うまでずっと回ってくる。
生野菜を食べる習慣のないパラグアイの人たちの貴重なビタミン源。



隣のうちの娘さん(当時)と息子くん。



同じく産婆さんとお孫さん。



そして今の娘さんとその娘たち、産婆さん。
うーん、20数年前と同じ年齢の娘がいるって、長男とかはもう30歳を軽く越えてるわけで、当然子供もいるわけで、その辺は当時と全く変わってない。



  1. 2013/01/14(月) 18:59:20|
  2. 協力隊 交流
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パラグアイへ 6

パラグアイ3日目の朝。
昨日までとは打って変わって朝から霧と小雨が降っていた。
今日は気温が上がらないらしい。

予定ではバスターミナルまでタクシーで行き、村へ行くバスに乗って約4時間で村に着く。
一日2本くらいしかないし、時刻表も分からないので早めに行って待ってみるつもりだった。



しかし!
またしてもMさんが
「コロネル・オビエドに帰るからちょっとまわって村まで連れて行ってあげます。」って(涙)。

Mさんはコロネル・オビエドという街に住居を借り、そこと首都を行ったり来たりしながら仕事をしておられる。
ちょっとまわってと軽く言ってくれてるけど、まっすぐ帰れば3時間もかからないのに、僕の村を経由すれば軽く倍以上かかることになる・・。

遠慮したけど、Mさんは
「ご存知のとおり、こういう国の交通事情だから、もしもバスのトラブルでもあったらせっかくわざわざ日本から来られたのに村に行けなくなるかもしれないから、この際、甘えてください。」と言われる。

何ていい人なんでしょう!
もうこうなったらとことんVIP気分で旅行するか!
嘘です、嘘です。

とにかくMさんの車で首都を出発♪♪
ありがたや~、ありがたや~。



車は国道3号線を北に向かう。
バスで行けば4時間かかる。



あちこちに途上国らしい風景がある。



景色はは次第に郊外から田舎へと変わっていく。



普通に牛や馬、豚、鶏、犬などが現れ始める。
昔とまったく同じ風景。



南米らしい風景。



地平線をひたすら車は走って、いよいよ国道からの分岐点に近づく。



国道を右折。
現在はアスファルトの道路が続いている。
ここからわずか15kmで僕の住んでいた村、Juan de Mena(フアン・デ・メナ)に着く。



そう、村のあるコルディジェーラ県は湿地帯なんだ。
村を思い出すなぁ・・・、って、もうすぐなんだけど♪♪



そしてついに村が見えてきたーーー!

  1. 2013/01/13(日) 11:32:23|
  2. 協力隊 交流
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パラグアイへ 5

Mさんの車で街をぶらぶらしてみた。
変な人形の置いてあるお土産物屋さん。



市の中心地にほど近い場所なんだけど、最近は商業の中心地がちょっと郊外に移っていて、意外と閑散としている。
パラグアイは車優先なので、下手に車道に出ていると撥ねられる恐れがある。
横断歩道を渡っていても車優先なので要注意。









大統領官邸は当時のまま。



裏側から見たところ。



裏のパラグアイ川の河川敷は昔はスラム街。
危険だから近づいちゃいけないところ。
しかし、一昨年パラグアイ建国200年を迎え、スラム街は一掃されたとのこと。

スラム街に住んでた人たちはどこへ行ったのか・・。



夜はまたまたMさんに連れられて、120年以上続くレストランバーに連れてきてもらいました。
入り口を覗くと暗い・・。
しかし、奥には明かりが見えてる・・。

どうやら手前お店半分は停電中。
ま、いっか~って、営業中(笑)。



奥は明るく、テーブルがセットされていました。
こんなレストランがパラグアイにあったなんて!

ちゃんとメニューにたくさんの料理が乗っていて、前菜から選んでいける本格派。

まずはパルミート(ヤシの木の若い部分の芯)のサラダ。
トマトやレタスと一緒に。



野菜のスープ。



そしてメイン料理に選んだのはスルビ(ナマズの仲間)のニンニクソースで揚げたもの。
超美味し!!
スルビは美味しい魚なんだけど、この料理は美味しかった♪♪
また行ったらもう一度食べよう!



マンジョーカ(タロイモ)のフライ。
甘く味付けがしてあって、ちょっと大学芋に似てた。
美味し。



ビールも飲んでお腹一杯になり、またしても至れり尽くせりでホテルまで送っていただきました。
ほんとにいいんだろうか、こんなに世話になって。
またごちそうになっちゃったし・・。

ホテルのロビーに飾ってあったクリスマスの・・・、何て言うんだっけ・・・?



本日も部屋に帰って撃沈!



明日はいよいよ村へ行く日となった。
楽しみでたまらない!
  1. 2013/01/12(土) 17:59:06|
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パラグアイへ 4

昨夜は移動の疲れもあってぐっすり寝た。
身体を伸ばせたのが40時間以上ぶりだから、いやー、もうお風呂にお湯貯めてベッドに横になったら一瞬で落ちた。

パラグアイ2日目の朝。

人が気持ちよく寝てるのにけたたましい車の音で目が覚める。
いい天気みたい。



すぐに陽が差し始め目覚めも気持ちいい。



窓の下にはホテルのプール。
GUARANIとは先住民族ガラニー族のこと。
この国では公用語のスペイン語以上にガラニー語が話される。



歯磨きに洗面台に行ったら髪の毛がおかしなことになっていた・・。
別に写真撮らんでもいいんだけど、ブロガーの性か・・。



パラグアイにあって、近代的なホテルにはミニバーもある。
冷蔵庫にはウィスキーのミニボトルやビールも完備。



WiFiでネットもできる。
以前から考えたらあり得ないほどの進化のしよう。
重たいノートパソコン持ってきたおかげで、パラグアイ滞在中もずっとネットにつなげることができた。

docomoのスマフォは電源切りっぱなし。
パラグアイには海外パケホの契約がないため、いつも何かしら通信を行っているスマホはそれを知らずに持ってるだけで一日数十万円かかるって。
docomoで聞いてよかった・・・。



冷蔵庫にあったエネルギードリンクらしいww
飲んでみればよかった~!後悔先に立たず。



ホテルのロビー。



きれい。



クリスマス。



ホテルの外観を描いた絵。
ちょこっとホテルの外に出てみた。
お昼前、すでに40℃近い。
少し歩くとすぐに汗が出てくるため、10分くらいでホテルに避難。



昼過ぎにMさんが車で迎えに来てくれた。
午前中の仕事を終えてから来てくれたそうだ。
ずっと僕の世話をしてくれるつもりらしい・・。
なんてありがたいことなんだ・・。

ってことで、まずは昼食。
市内の別のホテルで好きな食材を皿に盛ってもらい、その重量で料金が決まるランチがあるとのこと。
珍しいから連れて行ってもらった。

パラグアイ人のビジネスマンやOLさんでかなり賑わっている。
写真は撮れなかったけど、ガラスケースの中にはいろんな種類の料理がある。

せっかくだからたくさんの種類の料理をチョイスしてみよう。
少食だから慎重に少な目に盛ってもらおう。

流暢なスペイン語で頼んだはずだったが、二十数年のブランクは3種類で山盛りのお皿となった・・。
ラザニア、鶏肉のミラネッサ(肉を叩いて薄くして揚げたもの)、トマトソースとチーズの煮込みご飯。
上にはチーズたっぷりふりかけ。

これで幾らなのか分からないが(Mさんにおごってもらったため・・)、数百円だろう、地元の人には結構な値段のはず。



食後にコーヒーまでいただいた♪♪



食事の後、市内を車で案内してくれた。
ありがたや~。
  1. 2013/01/12(土) 17:29:22|
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パラグアイへ 3

アスンシオンに到着した僕は、入国審査を受けるべく他の乗客と共に出口へ歩いて行った。

日本からの出発一週間くらい前に、当時パラグアイ同期の隊員だった女性隊員が今も日本とパラグアイを往復しながら国家間のプロジェクトに従事していることを思い出した。
メールしてみた。

すぐに電話がかかってきて、
「Shugo、久しぶりね!私は今日本にいるのよ。来週パラグアイ?いいわ、私の弟分みたいな奴が年末年始もパラグアイに残ってるから、彼にShugoの世話をさせるわ。」
とのこと…。

いや、そう言われても、知らない人だし…。

「いいの、いいの、決めたから。もう、奴には言っといたからね。空港に迎えに行かせるから!」

いいのか…ww

っていうか、間違いなくよくないだろ!

しかし…、
いた!
本当に迎えに来ていただいてた。

Mさんの車に乗せてもらってホテルへ向かった。
ありがたや〜、ありがたや〜ww

写真は空港から首都のセントロ(中心地)へ向かう途中にあった南米サッカー協会の本部。



抜けるような、そしてまさに南米の、としか言えないような青空。
車は現代的な道路を走る。
久しぶりのパラグアイは近代化している…。



うわぁぁぁぁ!
ハーレーダビッドソンのディーラー発見!
年収数十万円のこの国に、一台200万円もするバイク屋さんがあっていいのか〜!
しかし、このあと、ポルシェやベンツのディーラーさんも見た…。

貧富の差は昔より拡がったんだなぁ。



建築中のまま工事が止まってるビルがあるのは昔のままか。



ホテルに到着し窓から外を眺める。
廃墟みたいなビルは昔からあちこちにあった。
あの川の中州のさらに向こうはアルゼンチン。



真夏のクリスマスなんだ。



泊まったホテルは昔高級すぎて泊まることはなかったホテル。
一度潰れて外資により復活したらしい。
一泊1万円くらい。
現地の人にはあり得ない料金。
僕は40時間以上の旅に耐えたガラスの腰のために避けられない出費。



トイレにはビデも完備。
注目すべきはトイレットペーパーの下のゴミ箱。
実はパラグアイ、トイレで使ったトイレットペーパーをトイレに流してはいけないのである!
大でも小でもすべてゴミ箱に捨てるんだな。
日本人にはあり得ない。
自分の処理した汚物のトイレットペーパーを人に見られるかもしれないゴミ箱に捨てるって…。
しかし、これが慣れたら何ともなくなるんだよねww



洗面台も立派!



40時間の旅の垢をシャワーで流してスッキリしてる僕を、再びMさんが迎えに来てくれた。
一緒に晩ご飯♪

「何が食べたいですか〜? イタリア料理、スペイン料理もありますよ。」

せっかくだからパラグアイ料理か、韓国料理が食べたかった。
当時、首都に出てきたら必ず韓国料理屋さんに行ってたんだよね。



そしてMさんに連れてってもらい、懐かしのパラグアイのビールで乾杯!
ああ、美味い。
そして、満腹になったあと、ホテルまで送ってもらってパラグアイの初日が終わった♪
明日は体力回復のためにもう一日首都に滞在する予定。



お休みなさ〜い♪
  1. 2013/01/11(金) 22:41:51|
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パラグアイへ 2

約13時間の飛行ののち、飛行機はやがてニューヨークのJ・F・ケネディ空港へ♪
クリスマスイヴ!!
ここで待ち時間が12時間…。




トランジットなのに一度荷物を受け取るために入国手続きをして、再び出国手続きをしなければならない。
めんどくさ。
しかも、受け取ったスーツケースはセルフで荷物を預けなければならないらしい。
そんなこと知らない僕は、いつになったら出国手続きができるのかと、サンパウロ行きの札を付けたままのスーツケースで空港内をうろうろし、疲れたので地元の若者と一緒に地面に座ったりして時間を潰してた。
アメリカの空港には椅子が無いのか!!

ちなみに向うの丸い柱の根元に座ってる二人は女性で、レズビアンの方みたいで人目も憚らずずっとキスしてた。
うーん、ここはアメリカだー!



さらにうろうろしていると出国ゲートにいたお姉さんに呼び止められ、

「なんでサンパウロ行きの荷物を持ってうろうろしているの!?」
「さっさと自分で荷物を預けなければいけないのよ!」
「あちら方向にずっと歩いていくと、荷物を預けるところがあるから、誰か係りの人に聞いて預けなさい。」
「それが終わったらここに戻ってきて、出国手続きをして。」

と、言われた、たぶん。
しかも全部流暢な英語だし(当たり前か)分かるわけない。

つまり、全然何言われてるか分からなかったけど、どうやらそういうことらしいと思い、言われた方向へ歩いていくとほんとにセルフで荷物を預けるところがあった。

無事に荷物を預け、出国ゲートへ入れた♪♪
椅子があった♪♪



椅子のない場所ですでに4時間もうろうろしていたため、疲れるわ喉は渇くわ・・。
ありがたいことにあちこちにバーがある。
7.5$のバドワイザー♪
2本いただき~。



免税店除いたり、スマホでネット見たりしながらなんとか12時間を潰して、アメリカンエアラインの飛行機に乗った。
疲れて写真なし。
ここからは普通にエコノミー。
約10時間の空の旅。
これでさらに疲れた・・。

クリスマスのサンパウロ、グアルーリョス国際空港は人でごった返していた。
ここでの待ち時間は5時間ちょっと。
かなり短く感じる(笑)。



パラグアイの首都、アスンシオンへの最後の飛行機。
飛行機から見える土地がいかにも南米っぽい。



サンパウロ上空。



出た!
適当な機内食!
水分がないと飲み込めないパンが何とも言えず南米に来た気にさせてくれた♪♪



ああ、もう完全に懐かしい大地。



パラグアイに入ると眼下に巨大なイタイプダム!
世界一の発電量を誇るダム。
原発10基分とか(Wikipediaによる)。



イグアスの滝の近くでもあるが、まあ、なんというか桁が違う。
日本のダムというと山間部にある湖なんだけど、平地にあるってどういうこと?みたいな・・。



機は一度、パラグアイとブラジル国境近くの街、シウダッド・デル・エステのガラニー国際空港へ着陸し、人を下ろし給油する。
ここはパラグアイから行くイグアスの滝の観光拠点ともなる。
最近特に物騒になったそうだ。



そして再びアスンシオンへ向かって飛ぶ。



そして1時間もしないうちに飛行機はパラグアイの首都、アスンシオンのシルビオ・ペティロッシ国際空港へ着陸。
そう、ついに戻ってきた!
成田から42.5時間!



そして、僕は村へ行く!
  1. 2013/01/11(金) 16:04:57|
  2. 協力隊 交流
  3. | コメント:0

遅ればせながら。

今年もよろしくお願いします♪

全然ブログ復帰できておりません。
時差ぼけは全然なし、でもパラグアイで風邪ひいてそのままお持ち帰り。

あちらで撮った写真が数百枚。
あちらの知り合いや新たに知り合った人たちに頼まれて、facebookやGmailなどを使って写真を送りなどなど。
もちろん日常の仕事も普通にやっておりますし。

当分、毎週予定が入ってるし。

ぼちぼちUPして行きましょう♪
  1. 2013/01/10(木) 08:08:54|
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Shugo

Author:Shugo
1961年生 ♂
出雲地方に生息中
HP:Hasta la Vista

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